急行2号ワールド

いろいろします。

絵ってつまりふつうは目に見えない「自分が過ごした時間」を具現したものなので

自分が描いた絵を他人に笑われる、バカにされるって嫌じゃんね。

そういう人(笑った人)には同じような嘲笑が返ってくるぞ、と自分にも戒めの言葉としてここに書いておきます。

ワクワク感欠乏症

最近おもうこと。

なんか楽しいことがない。

 

生きる楽しみ……というか、これがあるから最近楽しい!と思えることがなく、若干、いやかなりボケーっとして毎日を過ごしている。

 

何年か前は、

「B`zのライブ行く! フウウウ~!」

や、

「漫画描く! ウオ~!」

や、

「小説書く! ドガガガ~!」

 

……みたいな勢いがあったのだが、今は、

 

B`zのほかにも聴くアーティストが増えたし、

漫画はわりと諦めているし、

小説は趣味ながらほぼ毎日何文字か書いている。

 

つまり勢いがない。

すっかり落ち着いているのだ。

 

そういう時期ならそういう時期として受け入れたらいいやん、と考えることもあるが、やっぱり、楽しく生きたいというのが本心でもあって、なんだかなぁとぼやいている。

ただし、新しい趣味を見つけることがド下手なうえに、人から勧められたものも長続きしにくいという難しい(めんどくさい)気質なので、たぶん、自分で動かないといけないことだ。

 

絵には、新しい方法や挑戦したい方法など試行錯誤しながら向き合っている。

ただ、どの方法も中途半端になるんじゃないかという恐怖もある。

あと、あと、「私よりもうまい人いっぱいいる」問題がある。

この問題にぶつかるともれなく自信喪失してしまう。

そうは言っても描きたいから描くんだけども。

そのうえで新しい問題「自分は何が描きたいんだろう」にぶちあたる。今ここ。

 

消費者としては、

漫画を追うってことがなくなったし(家にあるのを時たまひらく)、

小説読んでる時間よりも自分の創作に時間を割きがちだし、

雑誌という雑誌もめったに読まなくなった。

 

あかん。やべえ。ワクワク感がない。

そう、ワクワク感がほしいのだ。

 

今がアウトプットの時期なのかインプットの時期なのかもわからないが、ワクワク感が欠乏していると私という人間としてダメな気がしてきた。っていうかしてる。

 

うーん。

探すか~!?

うーん。

 

という感じで悩んでます。

たまたまそういう時期なのかもしれないけど。

自分の螺旋階段を降りている話

文章がうまい人は博識だし、
絵がうまい人も博識だ。

 

これは最近気づいたことだ。
どちらも〝その場(紙面なりキャンバスなり)にふさわしい表現方法〟を自ずと引き出しから取り出してくる。
そうして残された産物に私は一切の無駄は感じない。

 

おったまげだ。
それはもう神の所業なのではないかとすら思う。

 

そこで、なぜその人たちはそんな神業的なことができるのかというと、

その「うまい人」らはオタクだと私は考えたのだ。
何かしらの。

 

オタク、つまり、何かを突きつめることができた(必要最低限の量を知識としてたくわえることができた)人たち、という意味だ。
たとえば歴史だの地理だの生物だの物品だの……

 

超絶羨ましいことこの上ない。

 

なぜなら、これがどうにも、私は昔からひとつの物事を突きつめることに楽しさを見出すことがニガテなのだ。
「なんか楽しくない」と思ったらそこでスッパリ辞めてしまう。悪い癖である。悪癖である。だからいつまでたっても未熟なのだ。ああ不甲斐ない。

 

じゃあ私、何なら楽しいのかというと、
・表現したい気持ちや感情や様子にぴったり当てはまる言葉を見つけることができたときなんか至高の愉悦を感じるし、
・描きたい線を予期せず描くことができたときにも上記と酷似した喜びと楽しさを感じる。

 

あと、
・他人の長所を見つけると楽しい。
そして嬉しい。

 

また、
・他人の短所を見つけることができるのも楽しい。
……なんていうと語弊を招くので言わせてもらうと、これは他人の短所を突っつきたいとかそういう下心の話ではなく、自分の価値観に沿った長短を見極めることができた!ということに楽しさを感じているのである。

 

そしてそれら他人の長短が社会的に〝どう〟なのか、だとかも考えていくと楽しいし、その「〝どう〟と自分が判断した部分が本当に、社会的に正しいのか。その(私が判断した)〝どう〟の部分を『間違っている』と思う誰かはいないのだろうか」……と、さらに考えぬこうとしていくことも非常に楽しい。


そう、最近は自分の価値観を浮き彫りにさせていくことが本当に楽しい。
何がダメで何が良かったとか、じゃあなぜダメなのか良かったのかその理由はなんだったのか、とか、〝自分で〟自分の中に線引きをしていくことが楽しいのだ。

第何回目かの成長期なのではないかと思う(そろそろ成熟しろという話だが)。

 

そして私の場合、その線引きの線じたいを自分の引き出しにおさめるべき宝物とし、

そうして探っていった〝どう〟の部分を、よりピッタリな言葉で文章にすることや、予期せぬ線や色で描きたいようにあらわしていくことを心から楽しんでいる。
深い螺旋階段を降っていくようなイメージで、そうやってループしている。
もちろん階段を降りきったら待っているのは人生という意味での死なんだが。

 

たぶん私は自分オタクなんだと思う。
自分のこと以外に「これだったらあなたの知識量には負けないワ」という分野を持ち合わせていないのだ。
(ただし客観性に著しく欠ける。)

 

そして他の分野での知識について、突きつめることを半ば放棄している自分なりの理由については、
「今から勉強したって上には適わないから」とさせていただく。
……なんていうとまた語弊を生むのだが!
だからといってまったく勉強しないぞ、という宣言につながるのではなく、「上に適わないまでも、必要である以上はそこそこ勉強・修練します」につなげさせていただきたい。これはちょっと強調したいところである。

 

というか、だって、先人に適うわけないじゃないか。
圧倒的技巧の手腕をもった後進にだって、適うわけないじゃないか。

……というのはお察しのとおり、ただの人生怠慢の言い訳である。
今後はそんなことを言うことのないよう気を引き締めたいと思う。

偽ウイルス広告メモ

ニュースサイトを閲覧していると時たまウイルス警告みたいな画面になります。

念のためググると偽ウイルスであることがしょっちゅうです。

んもー!

 

ので、

最近のウェブサイトの4つの有害なウイルスのため、Androidの自己防御システムでは、あなたの電話が28.1%損害を受けていることが検出されます。 ブラウザが異常に作動した後、すぐに携帯電話のSIMカードが破損し、連絡先、写真、データ、アプリケーションなどが破損する可能性があります。

 

とかいう文面が出てきたら広告だぞーという個人的メモ。

近状についての雑記

 

ここ最近、毎日イラストを描いている。

 

やっぱり「描くこと」が好きだなあと実感。

と、ともに、「一日描かない日を作ってしまったら今あるスキルさえ紛失してしまうのではないか」という恐怖も実感。

 

イラストを描くのは、それこそ小さいころから好きだったのだけど、16〜18歳かそのくらいのあいだ、まったく描かない時期があった。

数年間描かなかったわけなので、そりゃとうぜん描くことを再開したときには「ヘタクソだなあ」としか思わなかった。「以前はどうやって描いてたっけ?」とも思った(答えは見つからなかった)。

ひどい有様だったのだ。

そのひどい有様を体験しているので、よけいに恐怖感がある。

 

そんなものだから、イラストを描く喜び半分と、描かなきゃまたヘタクソになる不安半分で現在はイラストを描いてる。

けっこう複雑な心境である。

 

ところが、これは文章に対しても同じことを言える気がしてならない。

私の二本の腕じゃあひとつの作業しかできないので、あたりまえながら、イラストを描きながら文章を書くということができない。

そーすると、今度は「文章がヘタクソになる」という恐怖におびやかされる。

されている。

 

文章に関してはまだまだドがつくほど素人だし、経験年数も浅いので、さらに不安が襲ってくる。

 

そんな不安を払拭したい本能が働き、最近、イラストを描いている間、文章をどう書くかについて考えている。

考えることによって「ヘタクソにはならない」というチンケな安心を得たいのだ。

 

そんな毎日を送っている。

体調はだいぶ良くなった。

たまにめまいがするけど、それは人混み入ったとき限定なので、いくらでも対処できるのでオッケー。

というか、どうせロクに外出できていないのが現状だ(家でやることがあるので)。

スタバでくつろぎながら悠々とイラストを描いてみたいものだが、ドリンク一杯で長居するのも気が引ける。

 

あ。

しかし、引きこもり生活で歩行すら疎かにしてしまっているので、せめて歩きたい欲求に駆られている……ホントに……。

 

あとはそうだなー、

スカートのチャックを壊したこととか(すごくショックだった)。

洋服選びは慎重にします……。

 

あとはあとは、

私、こう、クールでミステリアスなキャラクターで2018年を生きたい。その方法と手段を探っている。

なんかカッコよさそうだから。

 

以上です。

全力で仕事にぶつかりたい理由は自分に自信がないから。

自分に自信がない。

これは私のここ数年抱えるテーマ。

 

仕事を辞めて、フリーになって10ヶ月くらい。

クラウドソーシングでの仕事が主な収入源になっていたのだが、まあ安定しない、というのが正直なところであると同時に、どこの会社にも所属しないので完全個人が看板となり、どこかの仕事のどこかの誰かに失礼しなかっただろうか……という心配に、つねに苛まれることとなった。

(メッセージのやりとりではこれ以上ないほどに気を使っていますが、それでも『こいつ無礼だな』とか思われてないだろうか等、すごく気になります。ヘマこいたこともしばしば。)

また、「こいつしょーもない仕事しかしないな」と思われていないかなどなど……挙げだしたらキリがない……

 

そして、そんな自信のない私をSNSでひた隠しにしておくのにも限界が来たのでもう一度言う。

 

 

私は自信がない!

 

だけど、それゆえに与えられた仕事には全力でぶつかってる!

 

 

のだ。

 

 

言えてスッキリした。

本音しか言わないブログでごめんなさい。

 

 

本当にありがたいことに、SNSにイラストを載せると、嬉しいコメントをいただけることも増えた。

 

褒められることが苦手なため、ろくな返信ができていないのが悩みだ。

これは『けなされる自分があたりまえ』という価値観を持った、ややイビツな性格が元凶だ。

 

でも褒められることは大好きだ。

大好きだ。

画面の前でニヤニヤしている私がいるのだ。

 

 

今年、2018年は、

自信がどうこうの前に、

 

2017年よりもさらにイラストの制作に力を入れつつ、

小説もさらに磨きをかけつつ、

対人関係をさらに丁寧にする、

 

そんな一年にしたい。

 

あと、もっと優しい人間になる。

 

 

そんな私はただいま想像似顔絵のご依頼などを受け付け中です。

 

想像似顔絵やその他仕事に関するお問い合わせは

想像似顔絵とは - 急行2号ワールド

をご覧くださいっ。

近状報告と仕事に関するお知らせ

 

ここ数日、一日中めまいが続く日ばかりで、ちょっと不安になって検査を受けてきました。

結果なんともなく、おそらく精神面での原因から起こるめまいだろう……ということでして、しばらくのあいだ趣味での創作(イラストと小説)の更新頻度を落とすことと、想像似顔絵および似顔絵の依頼受付を停止いたしますことを決めました。

 

原因はプライベートのことです。オンラインで問題があったとかいうわけでは決してございません。

 

不甲斐なくて大変申し訳ございません。

その他の仕事に関しましてはつつがなく進行していきます。

(そのための創作ペースダウンと似顔絵依頼停止です)

 

体調が安定次第、停止分を再開させていただきます。

何卒よろしくお願い申し上げます。

 

 

急行2号