急行2号ワールド

いろいろします。

「ショーシャンクの空に」感想

観ようと思ったきっかけは、シド・フィールド著の脚本術書で取り上げられていたから、でした。

ショーシャンクの空に」感想です。


この物語の主人公はアンディー。
だけど、語り部としては、刑務所仲間でありアンディーの相棒(二人を形容できる言葉は『親友』なんだろうけど、ここではまだ、ふさわしくないと思ったので“相棒”と記します。)であるレッドが全般を担当。たびたびレッドのナレーションが折り込まれます。

妻と愛人を殺した罪で囚人となった元銀行員アンディーは、横暴や強姦、収賄が平然とおこなわれる刑務所であっても、また、男好きの囚人たちに恥辱を背負わされても、守衛に理不尽な暴力をほどこされても、凛とした佇まいだった。

レッドは当初「アンディーはここの連中を見下している」と言っていたが、そのとおり、物語全体において、アンディーはほかの囚人と対等な目線には決して立たなかったように見えた。むしろずっと軽蔑していて、「自分だけは違う」という一線をかたくなに守っていた。レッドが痺れを切らさなかったのが不思議なくらいだ。
なぜかというと、アンディーは自分が無罪、つまり殺人なんてしていないという『確信』が、『自分の中にだけ』あったからだろう。
(もっともアンディーの無実は誰一人として信じなかった。アンディー自身だけが信じていた。)
それがアンディーの強さのみなもとだし、魅力であり、アンディーが潔癖な人間であるという気品を『自分で』保てた要因だ。

だけど私は、アンディーが唯一しぜんと笑顔を見せた図書館の囚人仲間ブルックスが仮釈放され、やがて社会での生活に無理を感じて自殺し、またアンディーが勉学を教えていた新入りトミーが刑務所所長の陰謀で射殺されたとき、さすがに、アンディーの(精神的な)強さを疑ってしまった。
さすがに根負けするだろう、と。
そうして「アンディーは永遠に牢獄の中なんだろうな」と諦めてしまった。


だけど、だけど、アンディーは私が思っている以上に、ずいぶんしたたかだった。


アンディーは刑務所入りして20年間、壁を掘っていた。
脱獄するために。
自分の新しい名前をつくっていた。新しい出生記録をつくっていた。新しい預金をつくっていた。
すべて自分の手で。

レッドたち『仲間』にも、視聴者にもいっさい見せていなかった強靭な――アンディーの言葉をここで使わせてもらえるなら――『希望』を、女優のポスターの裏側に隠していた。

アンディーが無実だという証拠を所長に抹殺されたとき、アンディーはとうとう希望を潰してしまったんじゃないかと思ったんだ。だがアンディーは、まったく良い意味で、私を裏切ってくれた。

そして雷雨の中、囚人服を脱ぎ捨てた瞬間、物語はクライマックスを迎えたかのように見え、アンディーがそれまで残してきた(サインはあったのだ)脱獄への伏線がいっせいに開放された。


……しかしそれだけではなかった。

アンディーは、レッドがいつか仮釈放されたときのために、金を用意しておいた。
それは親友レッドと一緒に、ささやかな暮らしを謳歌するための支度金だった。

やはりアンディーは強靭すぎる希望の持ち主だった。

いちばん驚いたのが、脱獄をする際に使った通路が下水道だったことだ。
アンディーは何百メートルも、下水にまみれながら突き進んでいたのだ。
ところがアンディーにとっては屁ですらなかったんだろう。糞尿まみれになることより大きな収穫が、糞尿の先に待っていたから。
そこが私の、凄いな、凄まじいなと思ったアンディーの性格だった。というか、最も感動させられた点だった。
何がどこにあるかさえわかっていれば、たとえそこに至るまでの経路が必ず汚れているとわかっていても大丈夫なんだな、と。必要性に駆られていさえすれば、の話だが、きっと、「必要だ」と思うことが肝心なのだろう。


シド・フィールドさんがこの映画についてなんと書いていたか、正直さっぱり忘れてしまっているけれど、なんというか、人間の気高さの一端に触れさせてもらえた映画でした。

序盤から中盤にかけてはさんざんな仕打ちのせいでストレスが溜まるが、アンディーが脱獄したことで、すべてチャラになる。これだよなあ……。

はあ、いやしかし、アンディー、強いなあ……。