「職場でのセクハラ」「童貞」「地震時の『おっぱい!』」について

自分のスマホに流れているTwitterのタイムラインで、連日話題になっている「著名人のセクハラ問題」。

 

 

数年間(おそらく重く)抱えてきたセクハラの体験談を告白したことには、私も感服しましたし、セクハラは本当に気色のいいことではないなと改めて思いました。

 

ただ。

 

……自分がこの「ただ」を用いる場合は、その「ただ」を切り替え地点とし、「ただ」以前に挙げた前者の事柄とは正反対(あるいは真逆に近い)の要素を含んだ側面があると感じることがほとんどです。

 

なのでもう一度言います。

 

ただ私は、

その告発人の過去の発言、おもに「童貞」をネタにした発言も、それはちょっとダメなことなんじゃないの、と感じています。

 

しかも、その方は、

 

「童貞をネタにすることはバッシングするのに、地震が起きたら『おっぱい!』とツイート(発言)するのはいいの?」といった旨の発言をなさってました。

 

 

おっぱいはどこから出てきたのよ?

 

 

私はすぐにそう思いました。

 

 

しかしこれは、先日から大きな話題となっている「職場でのセクハラ」「童貞をネタにした不特定多数の人へのイジり」、それから「地震の時の『おっぱい!』」……

 

その方はおそらく、これら三つを同じ「セクハラ」という括りで論じられているのだと気付きましたので、ひとまず「なぜ『おっぱい』が出てきたのか」という点については納得しました。

 

セクハラはセクハラということです。

 

 

で、ひとつずつ、ひもといていこうと思うのですが、

 

まず「職場での上司による過度なセクハラ」は論外であるとともに、くだんの上司からは謝罪と社会的制裁が加えられた(辞職なさった)ことで、ここはスルーします。

 

……では、「謝ればいいのか?」という観点で考えますと、

その「童貞をネタにした不特定多数の人へのイジり」も、そのイジったご本人は謝罪そのものはなさっています。

 

ではこれもスルーしてよいのか?

ここで私は悩んでいます。

 

なぜ悩んでいるかというと、その「童貞をネタにした不特定多数へのイジり」に関連づけるかたちで「地震の時の『おっぱい!』」問題が浮上させられたからです。

 

これまでの考え方から言うならば、その「地震の時の『おっぱい!』」をスルーするためには、地震の時に『おっぱい!』とツイートした人全員が謝罪する必要があるのではないか、ということになります。

(スルー=納得、という意味で書かせていただいています。)

 

これは、イジられる側が不特定多数であった「童貞をネタにしたイジり」と逆パターンで、イジる(『おっぱい!』とツイートする)側の人間が不特定多数になります。

 

さらに、その「地震の時の『おっぱい!』」に対して「不快」と発言した声が大きくなっているのは「童貞をネタにした不特定多数へのイジり」をしたご本人になります。

 

 

ちょっとよくわからなくなってきました。

 

 

「地震の時の『おっぱい!』」に対して「不快」と発言した意図は、「誰がどういったことにセクハラだと感じるかのラインを自分の中で明確にしたい」というものです。

 

ご本人の言葉を借りるなら「屁理屈」です。

どう足掻いても屁理屈です。

 

その「屁理屈だと感じる」ことを含め、ここからはさらに私個人の考えで書かせていただきます。

 

 

まずその「童貞をネタにした不特定多数へのイジり」をしつつ「職場でのセクハラ」を告発したあとで「地震の時の『おっぱい!』も私は不快だ」と発言したご本人がなぜこうも槍玉にあげられているのかというと、

 

それは単純明快で、

 

「童貞をネタにした不特定多数へのイジり」をしつつ「職場でのセクハラ」を告発したあとで「地震の時の『おっぱい!』も私は不快だ」と発言なさったからです。

 

ここが今回の一連の(本当にいくつも問題が連なった)騒動の大きなポイントかつ総括だと思われます。

(身も蓋もないです。)

 

 

じゃあどうすれば槍玉にあげられなかったのか。

これもシンプルで、

「童貞をネタにした不特定多数へのイジり」をしていなければよかったのです。

 

していなければよかった、というのは、

万一「童貞をネタにしたい」という欲求を抱いたとしても、それは己の胸の内だけに秘めておけさえすればよかった、ということです。

 

もっと言うならば、「地震の時の『おっぱい!』」も、

 

「童貞をネタにした不特定多数へのイジり」をしていない人が、日ごろから「童貞をネタにしてイジられている人」を目の当たりにし、それになんらかの思うところがあって「それっていいの?」と提起し、さらに「地震の時の『おっぱい!』というツイートも、じつは私は不快だ」と発言していたのなら、こうまで非難されることもなかったと思います。

 

ようは「常日頃から潔白であれ」ですね。

 

まあ、そんなことは人間誰しも難しいですし、今となっては時すでに遅しです。

 

そしてこうした、「童貞をネタにした不特定多数へのイジり」をしつつ「職場でのセクハラ」を告発したあとで「地震の時の『おっぱい!』も私は不快だ」と発言したことによる騒動で霞みがちになってしまうのが「そもそもセクハラはその規模の大小問わず全部ダメ」という根本的なことです。

これは霞んじゃダメなことです。

 

なので、私にできることがあるとすれば、そういった「自分が『これをこう言ったら(行動したら)セクハラになるかもしれない』と予測できることについては何も発言しない・行動しない」ということだな、と思いました。

 

もっと大切なのは「何がセクハラになりうるのかを予測できる思考力」を磨くことです。

 

きっと「童貞をネタにした不特定多数へのイジり」をしつつ「職場でのセクハラ」を告発したあとで「地震の時の『おっぱい!』も私は不快だ」と発言したご本人も、そうした思考力をより研ぎ澄ませたいがために「童貞をネタにすることはバッシングするのに、地震が起きたら『おっぱい!』とツイート(発言)するのはいいの?」と提起なさったのでしょう。

 

あえて言うならば、

 

「職場でのセクハラも童貞をネタにした不特定多数へのイジりも地震の時の『おっぱい!』も同列だよ」

 

ということです。

 

おしまい。

 

(余談ですが、テレビでは連日相撲についてのニュースが放送されているため、地震の時の『おっぱい!』というフレーズを目にしたとき真っ先に私の頭の中に浮かんだのは力士でした。

なので、この記事で取り上げた「地震の時の『おっぱい!』」も、必ずしも女性のバストを発言したものではない=男性女性問わず、なんなら人間以外の動物のおっぱいについてツイートした可能性もある、と感じました。

……ですので、もしもこの

>「童貞をネタにすることはダメなのに地震の時の『おっぱい!』はいいの?」

という旨の発言は、

>「童貞をネタにすることはダメなのに地震の時の『(女性の)おっぱい!』はいいの?」

ということだったのか? ということについて知りたいと思いました。以上余談です。)